受付でサインをしてから馴染んだライフルを受け取ると、それを肩に掛けて地下の射撃場へと足を向けた。 途中、擦れ違った同僚を呼び止めて煙草を貰い、無造作にズボンの尻ポケットへと捻じ込む。
剥き出しのコンクリートで固められた薄暗い通路は、靴の音がやけに響いた。

階段を一つ降りていくごとに聞こえてくる、耳に馴染んだ音とリズムに、ああ、とハボックは肯いた。どうやら良く知る先客がいるらしい。

「あー…中尉、来てたんスか」

階段を降りきったところでその姿を確認しハボックがぽつりと呟くと、防音のためのヘッド
フォンを外していたホークアイはその声に振り返って少しだけ笑って見せた。

「ええ。もう上がらせていただくけど」

そう言って最後に一度、引き金を引く。
反動で銃を構えたホークアイの腕にはっきりとした筋肉のラインが浮かび上がり、ハボックは思わずそれを凝視してしまった。女性らしく自分よりも遥かに細いが、鍛えられたその腕はか弱い印象を与えない。

「……またえらい撃ちまくってたんスね」

古びたテーブルに置かれた数種類の銃に気が付いて、ハボックが感嘆したように言うと、ホークアイは銃を構えた姿勢のまま目だけをこちらに向けた。

「最近はちょっと忙しくて、前ほど訓練できなかったの。久し振りに一通り撃ってみたんだけど、腕が痺れて仕方ないわ」

そう言って痺れを取るように二、三度腕を振り、残弾数を確認すると改めてハボックの方を振り返った。

「あなたとこんなところで会うのは珍しいわね」

「あー…まあ、そうスね。中尉と違って、俺はあんま真面目に訓練もしてないスからね」

「それじゃ困るわよ」

呆れたように言う彼女に、ハボックは肩を竦めた。

「まあ、いざとなれば盾にくらいはなるでしょう」

「……またそういう馬鹿なことを言って」

ヘッドフォンを所定の場所に戻し、銃をしまいながらホークアイは綺麗に揃えられた眉を寄せた。
だが、この背の高い部下が口ほどいい加減な男ではないことは判っている。現に、自分やさらにその上司に任されたことは、それがどんなに無茶なものであっても最後まで絶対に放棄しない。
それなのにこうしてやる気のない風な口を叩いて、出来る癖に力を出し切らなかったり、卑下する訳でもないが、得られるべき評価よりも低いところに自分を置こうとするきらいがある。

「身を挺して盾となっても、あの人には蹴り上げられるだけよ」

「……でしょうね」

はははと適当に笑って見せれば、彼女は今度こそ呆れたように溜め息を吐いた。

「どうかしたの?」

「……は?」

「最近、少し様子が変よ」

「……変スか」

ええと肯く彼女に別にいつも通りだと言えば、きつい印象を与える大きな目がちらりとハボックを見上げた。

「何を自棄になっているか知らないけど、私達の足を引っ張るのだけは勘弁して貰いたいわね」

痛烈な言葉に、「あー…」と濁して頭を掻く。
すぐに片付け終えたホークアイがハボックの横を通り過ぎる際、はい、と小さな包みを寄越してきた。ハボックの手の平に収まるくらいのチョコレート菓子。
何だ?と思わず彼女の顔に視線を落とすと、先程の辛辣な言葉とは裏腹にどこか労わるような表情を浮かべているのが見て取れた。

「私で良ければ、いつでも相談に乗るから」

「……」

背筋を伸ばした姿勢のまま、彼女はハボックの横を通り過ぎると射撃場を後にした。

一人残された射撃場は恐ろしいくらいに静かだ。階上では夜勤の人間が忙しく働いているだろうに、その物音はこの場までは届かない。

「……やべえ…」

物音も立てず固まったままだったハボックは、頭をガシガシと掻いて一つ溜め息を吐いた。
感情を抑えるのは割と得意な方だと思っていた。
確かに彼女は人の心の機微に聡い。優秀な上官らしいとも言えるが、どちらかと言えばそれは女性ならではの配慮からくるものだろうと思う。

そう言えばと手の平のチョコレートに目を落として、苦笑する。
袋を開けて一口齧り、無造作にヘッドフォンをセットした。それからライフルを軽く点検すると実弾を装填し、数十メートル離れた標的にハボックは照準を合わせた。








持ち込んだ弾をほぼ全て撃ち終えて射撃場が静まり返った時、ふと小さな音がしたのに気が付いた。
適当にずらしたヘッドフォンの隙間から聞こえた物音と、同時に感じた人の気配。
ホークアイが戻って来たのかとトリガーに掛けた指を外して、軽口を叩こうとヘッドフォンを取りつつ振り向いて固まった。

「よう。居残りで練習か?頑張ってんなあ」

軍服姿のまま、ゆったりとした足取りでこちらへ向かってくる人影。意外と若さのある、だがどこか深みのある声がコンクリートで固められた室内に響く。
男が足を踏み出すたびに、微かに砂利を踏むような音がハボックの耳に届いた。

「……中佐…?」

帰ったのではなかったのか。
目を瞠るハボックの前に立った男の姿に、過日に見てしまった光景がまざまざと蘇ってくる。
ハボックからは僅かに見下ろすけれども決して低くはない身長に、撫で付けられた黒い髪。鼻筋の高いはっきりとした顔立ちに、華奢なフレームの眼鏡がやけに映える。
飄々とした体で、男はハボックに軽く片手を上げてみせた。

「お疲れさん」

「……大佐と飲みに行ったんじゃないんスか」

すぐ目の前に立った男からは微かだがアルコールの匂いがする。司令部を出て行く二人の姿をハボックは確かに見送ったし、仕事を終えてハボックに片手を上げた上官と男の横顔には笑みも浮かんでいたものだから、いつもの店へ向かったものだと思っていた。
中央からわざわざ出向いた男のために、男が気に入っているあの店へ。

それなのに、アルコールの匂いがするこの男と一緒にいた筈の上官の姿が見えない。

「あーまあ、ちょっとお前さんと話がしたくてな。ロイは先に帰らせた。ちゃんと護衛はつけて帰したから、安心しろよ」

「…話、ですか」

「おうよ。俺にもお前にも悪かねえ話だぜ」

「……はあ」

一体何だ、と眉を寄せれば、目の前の上官はすぐにおどけた顔をして見せた。
自分の直属の上司がこの場にいれば大して気にも留めないいつもの仕草だが、生憎と今はハボックとこの男の二人だけだ。
彼の表情一つで何を考えているかが判る上司がいなければ、この表情を向けられるだけでどこか萎縮してしまう。

それに、例え同じ表情をハボックに見せていたとしても、男の発する禍々しい気配はロイがいる時とはまるで違う。やたらと居心地の悪いその雰囲気に飲まれそうになり、ハボックは小さくスンマセン、と一応は詫びてから尻のポケットから煙草を取り出した。

「構わねえよ。お前さんと言えばその煙草だしな」

笑う男に、もう一度小さく謝罪する。

「見た目もまあ、大していいとは思わねえけど悪くはない」

「……はあ?」

いきなり何の話だ。
ハボックは煙草を咥えかけて、間抜けな面を男に向けて固まった。

「だけど身体はいいな。背も抜きん出て高いし、それに見合って脚も長い。軍人らしく鍛えてあるから縦に伸びていても薄っぺらい印象はないしな。 ああ、その髪と瞳の色も悪くねえ。何だ俺、お前のこと褒めすぎじゃねえ?」

「……中佐。アンタ酔ってるんスか」

「うーん、もしかしたら多少は」

言って豪快に笑う相手に、ハボックは首を振って溜め息をついた。

「いやもう、ほんと勘弁して下さいよ」

「もう上がりだろ?」

「……まあ」

「じゃ、ちょっと付き合えよ」

言われて、どこに?とまた眉を寄せた。
ハボックのそんな表情がおかしかったのか、男はまた豪快に笑う。

「上官のお誘いにはどんなに嫌でもとりあえず肯いとけ。もしかしたらお前さんにとっても楽しいことかもしんねえだろ」

「……だから、どこにスか」

「ロイん家」

意外な場所を言われて、ますます訳が判らなくなる。

「大佐の家?」

「そう。ちょっとだけ、お前にも貸してやろうかと思ってさ」

「……何を?」

豪快に笑っていた男は、口端だけに笑みを乗せてすっと目を眇めて見せた。



「お前の大好きな上官を」