情事の後に、珍しく彼よりも先に目が覚めた。











ゆっくりと目を開けば、視界にはくしゃくしゃに皺の寄った白いシーツの波。
自分はほぼうつ伏せの状態で大きめの柔らかな枕に埋まり、毛布の下の全裸の腰には自分のものではない、だが女のものとも違う腕が力なく回されていた。

ロイが顔だけを浮かせて隣を見ると、自分の脇腹近くに男の頭が見えた。同じようにうつ伏せで、高い鼻先をロイの身体に埋めるようにして寝息を立てている。

相手よりも先に目が覚めたとはいえ、ロイもまだ目が開ききらない。ついでに言えば頭もはっきり動いておらず、今の状況がよく飲み込めない。 確かに昨夜は親友を伴ってこの家のドアを開けたが、それからこの状態に至るまでの諸々の出来事がすぐには思い出せなかった。

「……ヒューズ?」

寝起きの掠れた声で小さく呼びかけてみるが、規則正しい寝息が止む気配はない。
ロイは目をしょぼつかせながら、それでも壁にかけられた時計で時刻を確認した。午前5時を少し回ったばかりだ。
室内がまだ暗いのに、まあそのくらいの時間だろうと息を吐いてまた枕に頭を戻す。

「…………」

ぼんやりと霞む視界に、トレードマークの眼鏡を外して、撫で付けられた髪も乱れた男の姿が映る。
情事の後はいつも先にダウンするのは自分で、起こされるのも自分の方だ。それが今回ばかりは逆なようで、悪趣味にも毎回ロイの寝顔を堪能してくれる男はいまだ眠りを貪っている。

息を吐き、急激に回復してきた思考力に、ヒューズが東部を訪れてからの子細が思い起こされた。
ロイと同じ国家錬金術師の一人が起こした不祥事に急遽中央から駆けつけた親友は、ろくに食事を摂る間もなく『傷の男』を追って現場検証に立会い、ついでにエルリック兄弟を追った自分に同行して市街戦に出くわす羽目になった。

やがて事件が一旦の収束を迎えて、エルリック兄弟を確保した後に東方司令部へ戻ったが、やはりそこでも彼が食事を摂る時間などは皆無だった。
ただし多忙なのはロイも同じで、取り逃した『傷の男』に対応すべく市内への緊急配備を指示、上層部への報告に破壊された市街の状況把握、そして修復にかかる日数および費用の算段。 それらの対応に追われてエルリック兄弟の見送りはおろか、ヒューズの乗る列車も把握出来ていなかった。
僅かな心残りと痛みにも似た感情がない訳でもなかったが、それよりも目の前の問題への対応が先だ。

幸い、有能な部下を持ったおかげで事後処理は意外なほどスムーズに済み、とりあえず今夜は自宅に戻れそうだと一息ついた時だ。中央へ帰ったとばかり思っていた男がロイの執務室にひょっこりと戻って来たのは。

久々にきつかった、とだけ零して笑う男を労うために美味い酒と肉料理の店に連れて行き、しこたま食べて適度に飲んで、今回の事件でやたらと歩哨が目に付くようになってしまったロイの家に帰り着いたのが深夜近く。

肉を食ったらやりたくなった、と男がほざいてロイがベッドに放り込まれたのはシャワーを二人で浴びてからだ。
シャワーを浴びている最中は色気も何もない会話をして、キスさえしなかったというのに、男の豹変ぶりにはさしものロイも驚いたものだったが。

結局は、彼との情交に餓えていたのはロイも同じことで、ベッドに入ってからは節度がなかった。
久し振りの逢瀬で、久し振りの情交だ。
会えば必ずセックスが出来る訳ではなく、特に多くの仕事を抱えるヒューズがとんぼ返りで中央に戻るのも常だ。
盛り上がった挙句に何かとんでもなくはしたないことを口走った気もするが、それは思い出さないことにする。

「……」

枕に半分顔を埋めたまま、ロイはそっと手を伸ばしてヒューズの額にかかる前髪を払った。ロイとは違う彫りの深い目元に影が落ちているのに、離れている間の男の日常を思い浮かべる。
仕事に忙殺され、帰宅出来ない日も多いだろう。それでも妻と娘への愛情は惜しみなく注いで。

「……ん…」

ロイがぼんやりとそんなことを考えていると、小さく呻いてヒューズが寝返りを打った。
腰に回されていた腕と、ロイの肌に規則正しく吹きかけられていた寝息の熱が遠ざかる。
それでも目覚める気配がないのに、ロイは先にシャワーを浴びてしまおうと身体を起こした。

「……っ…」

途端、下肢から突き抜けた痛みに思わず息を飲む。
すぐに痛みは治まったが、また身体を動かせば蹂躙された箇所が痛みに疼く。身体を動かすたびに下肢が痛むなんて、この男とセックスを始めたばかりの頃以来だ。
懐かしいというよりもどこか気恥ずかしく、ロイは頭を振って立ち上がった。

その時になってようやく下肢に残る違和感に気付いて、昨夜の盛り上がりようがまた思い出されて頭を抱えそうになる。

「……出しやがったな……」

低く、だが未だ深い眠りの中にいる男を起こすことのないよう小さな声で唸る。
恐らく後始末をする気力もなく眠りに落ちてしまったのだろうが、それで困るのはロイだ。多少の痛みなど構っていられず、慌ててバスルームへと向かう。

しかしふらりとよろけた途端に、力を込めていた箇所からとろりと中のものが零れた。

「―――っ!」

不快な感覚に息を飲んで、その場に固まる。
だが一瞬の隙を突いて溢れ出したそれは、重力に従ってぱたぱたと床に落ちた。まるで漏らしてしまったかのように両脚の間から滴るそれに、ロイは顔を顰めて舌打ちする。

トイレか、バスルームか。

その言葉が頭に浮かんだ次の瞬間には、ロイは痛みをもろともせずにバスルームへと駆け出した。





コックを捻って頭から熱い湯を被り、全身に残るヒューズの唾液の被膜を洗い流す。
痛みに疼く箇所に残る残滓を掻き出してから、ようやくほっと力を抜いた。

湯を止めて身体を拭いていると、バスルームに取り付けられた大きな鏡が目に入った。特別興味もない自身の全裸姿に、ふいと目を逸らしかけて「ん!?」と眉を寄せた。尻に何かがついているように見えて、上半身を捻ってもう一度鏡に自分を映す。

「……何だこれは」

綺麗に盛り上がった尻臀に、大きな青い痣がある。
確かに先程から歩くたびに何だか尻が痛むような気がしていたが、それは情交の名残りのせいだろうと思っていたのだが。

これは違う。これは間違いなく。

「……」

思い出した光景の情けなさに、思わず目を瞑ってよろめく。
アレだ。
腹心の部下である女性に、容赦なく足払いをされて無様に尻から地面に転がった時に出来たものだ。
しかもそれを、まあここまで青くはなっていなかったかもしれないが、あの男の前で曝け出して散々セックスをしていたのだと思うと憤死しそうに恥ずかしくて情けない。

「……いや待て」

もしかしたら昨夜はバックではしなかったかもしれない。正常位だけなら大して見えない筈だ。
しかしそうすると今朝起きたあの体勢はどう説明するんだ?あれはどう考えても後背位で行為に及び、達してそのままダウンした、という説明の方が合っている気がする。

「いや違う!」

違うだろう!そもそも自分もヒューズもあまり後背位を好まない。
いやそうだったか?自分が好まないだけでヒューズは意外と好きだった気もする。いやそれよりも昨夜はとにかく早く彼が欲しくて、無闇矢鱈に誘った気がしないでもない。
そうだ。確か自分は思い切り腰を上げてせがんで―――――。

「あ――――!!駄目だ!駄目だ駄目だ思い出すな!!」

思い出せば思い出すほど、過ぎる羞恥でどうにかなってしまいそうだ。
待て、駄目だこれ以上考えるな、いいか違うことを考えろ、そうだ例えば中尉の犬が……と、どうでもいいことを繰り返し言うことで気を紛らわせ、ロイは手早く服を身に着けると寝室へと足を向けた。





ムカムカとしたものを抱えながら寝室へ戻ると、広いベッドでは相変わらずヒューズがうつ伏せで眠っていた。
しかしどうやら一度は起きたらしい。眼鏡を探していたのか、ベッドの上には彼愛用の眼鏡が転がり、それに手を伸ばすようにして男が行き倒れた格好だ。
床に残る残滓にちらりと目をやって、う、と一瞬怯んだが、この始末はヒューズにやらせればいいとそれを跨いで男に近付いていく。

「……」

ひょいと上から覗き込んでみる。自分がこんなにも情けない思いをしたというのに、まだ幸福そうに眠りこける男が腹立たしい。
帰れと言って叩き起こしてやろうかとロイが息を吸い込んだ時、ヒューズの手が突然動き出した。どうやら眼鏡を探しているようで、行き倒れた状態のまま手だけがベッドの上をもそもそと彷徨っている。

彷徨っていた指先が僅かにフレームに触れた時、ロイは素早くその眼鏡をヒューズの手から遠ざけていた。距離にすればほんの数センチ。
だが、まだ目も開けずに寝惚けたままのヒューズにとっては遠い距離に違いない。ようやく触れたと思った目当てのものが突然消え、自分の指が弾いてしまったのかと周囲を彷徨いだした男の手を見て、ロイはプ、と思わず噴き出して慌てて口元を覆った。

「……う……」

微かに低い声を漏らして、ヒューズの手はまだシーツの上を探っている。
男の手が触れる前にロイはその眼鏡をまた取り上げ、今度はその手の中に包み込んでしまった。

馬鹿め。

眼鏡を持つ手を口元にあててロイは声を殺して笑っていたが、眉間に皺を寄せ目をきつく瞑り、手だけを彷徨わせる男が少し不憫に思えてきた。彼の視力は軍法会議所配属になってから、一段と下がってしまったと聞いていたからだ。

「……」

手の中のものに目を落として、今度は男に目を向ける。
彼を形成する一部であるそれは、ロイには必要のない全く不便なものだ。こんな武骨なレンズ越しでなければ、見たいものもクリアに映らないなんて。

ぱたりと動きを止めていた男に気付いて、このくらいにしてやるかと眼鏡をその手に近付けた時。

「うわ!?」

寝起きとは思えない力で手首を掴まれ、ベッドの上に引き上げられた。

「随分楽しそうじゃねえか、ロイ?」

「お前……っ…!」

肘をついて上半身を起こし、挑発的にロイを見上げる冴えた男の目に瞠目する。
一体いつから起きていたのか。そう言いかけて口を開閉させるロイに、男はにっこりと破顔した。

「お前が素っ裸のまま、バスルームに駆け込んでいくところから」

「そこからか!」

的確な返事に、間違いなく見られていたことを知ってロイの顔にカッと血が上る。

「ほい」

軽い声と共に、ベッドの上に引き上げられた躯をそのまま仰向けに倒された。

「ちょ…おいヒューズ!」

「列車の時間にはまだ少しあるだろ?」

言って、男はロイの両脚を割って圧し掛かってくる。
身を乗り出した拍子に毛布が滑り落ち、それと同時に今まで見えなかったヒューズの下肢が露わになった。

「!?」

勃ち上がり、暴れる自分を押さえる男の動きに合わせてふるふると揺れるそれを認めて、ロイはぎょっとなって目を剥く。

「おいこらちょっと待て!」

「またいつ逢えるか、いつ出来るかも判らねえんだからいいだろ?ヤリ貯めってことで」

「良くない!」

たった数分前に、あんな情けない自分を見たばかりだというのに。

「おいヒューズ!人の話を聞け!」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと優しくしてやっから」

「そうじゃない!」

「あー…?あ、大丈夫大丈夫。お前の可愛い尻の青痣なら昨夜ちゃんと見てっから」

「!?」

前髪を乱した男がそう笑って、ゆっくりと顔を近付けてくる。
すぐに唇は塞がれ、身に着けたばかりの下着とズボンが手際よく下ろされていく。


―――――何でこうなるんだ……!


そう叫びたいのに口腔に深く差し込まれた舌に声を発することも出来ず、抱えられた左足から最後の一枚が抜き去られるのを、ロイはただ視界の隅で確認することしか出来なかった。